パーソナリティーは変わるの巻

こんばんは さちこまです😉

英語を話せる人はわかるかな?

日本語で話している時と
英語で話している時と
もしや
他外国語で話している時と
自分のパーソナリティーは同じでしょうか???


同じという人がいたら
ぜひ聴いてみたいなと思う


なぜなら
私は多分というか
自分でもわかるほど
全く違う


どちらかというと
英語を話している時の方が
自分で自分らしいと思う

なぜなら自己表現が
できるから
自分のことを
たくさん話せていると思う


限りのある
英語のボキャブラリーで
必死に自分の言いたいことを話す
これって
かなりすごいことだと
我ながら思う


幼児が
まだ習得しはじめた
母語で話す感じかも


だけど
英語を話している時の自分の方が
性格がめちゃ明るいような・・・


私は周りから見ると
明朗活発で
よく笑う
いつも元気な人間に見られがちなのであるが

英語だと
さらにその2倍、3倍も
元気な自分がいる

パワー力が違うように感じる


英語を教えている時の私は
かなり元気だなぁと自分でもおかしいくらい
思える


そして英語を発する際は
日本語を喋るよりも
体力を使うようにも思える



この感じは
わかる人にはわかるかも〜。


一時、英語を話すのも聞くのも
うんざりする時があった
これは当時アメリカに住んでいた時だけど・・・
うんざりというよりも
めんどくさかった😂

あれは一体何だったたんだろう?


英語って単語自体
簡単なものから難しいものまであるけれど
一時、何だか妙に軽いものに感じたのは確かです


日本語の方がもっと深いなぁ〜なんて思っていました



だけど
実際、アメリカに居住していた身として
あの何と見えない
軽いノリが今となっては懐かしい


時々、動画などで見る
彼らの
気楽に挨拶をしたり
全く知らない者に対しての
対応だったりが
地味に親しみやすい


これが日本人だったら
怒ったり
変な人だなぁ
とか
無視されるのではないか???

とか思ってしまう


この文化の違いって
本当に面白いなぁと・・・
このお気軽さや
親しみやすさに
私はかなり助けられていたのだなぁ
と今更ながらに思う


だから
あちらにいたときは
多少のストレスはあったとしても
日本にいる今よりは
かなり軽かったようにも思えるのです


特に人間関係においては
自分がマイノリティーだったので
私の場合は
かなり彼らに親切にしていただいた記憶が大きいのです
そしてまた
尊重尊敬もしてもらえた💗


言葉の壁はあったとしても
私をそのまま受け入れてくれて
そのまま歓迎してくれていたと感じる
否定はされなかった

みょうに懐かしいなぁ・・・本当に


これを思い出すと
人はいかに自分という人間を
そのまま受け入れてもらったときに
自分自身になれるという
人間心理学にもつながるものがある

そう
自分の在り方大事ですね💗